荻原健司氏がスキー人生を通して家族との絆・教育を語る 

研究集会 講演

金メダリスト「世界のオギワラ」こと、荻原健司氏が
スキー人生を通して家族との絆・教育を語る


講演 『私のスキー人生』
講師 荻原 健司(おぎわら・けんじ)氏 (参議院議員)


荻原健司氏(参議院議員)の講演

※トレーニングの大切さはそろばんもスキーも同じ。荻原健司氏(参議院議員)の講演


「父親が人生最初のヒーロー」

 トリノオリンピックで唯一、金メダルをとった荒川静香選手のイナバウアーが記憶に新しい中、冬季オリンピックノルディック複合で団体二連覇、ワールドカップ個人総合三連覇(史上初)など通算19勝をあげた「世界のオギワラ」こと、荻原健司氏(参議院議員)の講演が『私のスキー人生』と題して行われた。
 氏は、群馬県出身であるが、平成4年から10年間、選手時代を長野県で過ごした。14年前、あの荻原選手が日の丸を持ってゴールする姿が鮮明に記憶の中に残っている。

「ヒーローになりたい」夢への挑戦

 「1992年、冬季オリンピック・アルベールビル大会(フランス)、誰からも期待されていなかった。ノルディック・スキーの知名度はまったくなかった。ところが金メダルを取って帰ると、すごい騒ぎになった。
 スキーとの出合いは、父がスキーヤーで、小さい頃から姉3人、双子の弟(次晴氏)と両親の家族7人で週末はスキーに行った。
子ども同士で競争するが、父にはまったくかなわなかった。自らが模範となるように生きていて、人生最初のヒーローは父だった。しかし、その頃スキーで金メダルなんて考えていなかった。
 小学校5年生のとき、「テレビに出て、ヒーローになりたい」と夢を持った。「そんなことを考えないでまじめにやっていけ」と言われると思いつつ、父に質問すると「なんだ、そんな簡単なことか。オリンピックに出て、金メダルを取れば、すぐに有名になれる」それから、オリンピック、世界大会を意識したように思う。
 経験から、子どもたちに声をかけるときには、細心の注意を払って「力が出る、えっ、そうなんだ」と思える声援をお願いしたい。

気持ちの持ち方で、人生いい方向に

 中学に入り、反抗期になり、父の言うことが疎ましく、父が指導できないジャンプとクロスカントリーをやった。父は黙ってしまったが、週末、母と山登りに行くのをやめ、一人で作業着姿で出掛け、帰ってくると作業着のひざなどが血だらけになっていた。
 母に理由を聞くと、ニコッと笑って「ジャンプはできないので、空中に飛び出す感覚を知るためにハングライダー教室に行っている」とのこと。
 「息子のために行動を起こした。この両親の言うことは聞かなければいけない。迷惑はかけられない」と思った。
 高校2年のとき、国内では優勝していたが、国際大会(ジュニア)はレベルが高く、50人中46位、次晴は49位。くやしい、残念だとは思わず、恥ずかしかった。大学4年のとき、競技人生を終え、就職しようと思い、最後の1年、思いっきり挑戦しようと決心し、新しい技術に挑戦した。それがよく、2,3位になった。そしてアルベールビル大会代表となり、金メダルをとった。
 気持ちの持ち方で人生良い方に持っていける。優勝して日本に帰ってきて、一番ビックリしたのは頭に日の丸の鉢巻をした父が目の前にいて、『荻原健司君、バンザイ』と始まったことだ。
 オリンピックの金メダルは世界中、日本中から注目される。メダルを取る前と取った後では競技に対する考え方が変わった。「スポーツをやるというのは自分だけでなく、たくさんの人が元気になるんだ。スポーツはすごい。好きで始めたスキーで多くの人が元気をくれてありがとう、と言ってくれる。スポーツでも誰かの役に立つんだ」と思った。
荒川選手が金メダルをとり、スケート場がいっぱいである。こういう時に子どもたちに広めていきたい。
 競技人生が終わり、何か皆さんの役に立つことを考え、参議院議員に立候補し、当選した。参議院文教科学委員会委員を拝命し、教育の基本は『読み・書き・そろばん』だと思う。

スポーツとそろばんの共通点

 そろばんはスポーツに似ている。体を使い、五感を使う。想像力が必要。体験学習を文部科学省が実施しているが、そろばんもよい体験学習だと思う。母も家計簿をつけるとき、指を動かしていた。珠算を通して、子どもたちの健全育成を目指してください。」

 途中、国会での逆イナバウアーの話など会場がドッと笑いに包まれた。大人の接し方で子どもたちが変わっていく、その責任をしっかり自覚し、夢がある指導にあたろうと再確認した講演であった。

金メダリストの講演を熱心に聴講

※金メダリストの講演を熱心に聴講


(講師プロフィール)
昭和44.12.20 群馬県吾妻郡草津町生まれ。

1992 アルベールビルオリンピック ノルディック複合団体金メダル
     早稲田大学人間科学科卒業
1993 世界選手権 個人・団体金メダル
1994 長野市民栄誉賞
     リレハンメルオリンピック団体金メダル
1993-5 ワールドカップ個人総合3連覇
1995 世界選手権団体金メダル
1997 世界選手権個人金メダル
1998 長野オリンピック日本選手団主将として開会式で選手宣誓
1999 世界選手権スプリント銅メダル
2001 国際フェアプレー賞功労部門栄誉賞
2002 ソルトレイクシティオリンピックを最後に引退
2004 第20回参議院選挙全国比例代表区当選

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