みちしるべ リーダーとは 

みちしるべ リーダーとは
from 深川 純一(全珠連理事・弁護士)
※連盟機関紙「全国珠算新聞第620号(2016.11)に掲載
深川純一

 今、世の中には、大小様々な組織があり、その長たる立場にあるリーダーも将に色々様々であり、真のリーダーと呼ばれる人は数少ないのであります。また、リーダーに関する著書も昨今の効率本位の世相を反映して、如何にすればリーダーになれるか、というような技術論ばかり、謂わばハウツーものばかりであります。

 しかし、大事なことは、リーダーとは本来如何にあるべきかと謂うこと、謂わば、リーダーの心を考えるべきであります。

 人はこの世に生を受け、やがてこの世を去る、その時に到るまで、人生には沢山の出会いがあります。その沢山の出会いの中で、自分の人生を変えるような話を聞くことがあります。その話を聞き逃さないことであります。したがって、先ず、人の話を謙虚に聞く、ということが第一肝要のことであろうかと思います。

 さて、「初心忘るべからず」という有名な言葉があります。これは、世阿弥が1424年に書いた能楽の論考「花鏡(かきょう)」の中にある言葉であります。これは、世阿弥が40歳過ぎから62歳までの経験を書き留めた芸術論であります。その「花鏡」には、「当流に万能一徳の一句あり。初心不可忘」と出ています。これは、能楽習練の心構えを説いたものでありますが、最初の決意を忘れるな、ということばかりでなく、凡そ藝道は、生涯に亘る修行であり、一段進めばまた一段、その段階ごとに原点に立ち帰って、心緩めず精進怠ることなかれ、という戒(いまし)めなのであります。

 この戒めは、学問に志す者にも事業に携わる者にも、或いは夫婦関係にも通ずる教えでありますので、一般に広く行われて、事あるごとに屡々引用される言葉であり、珠算の修行についても肝に銘ずべき言葉であります。したがって、「初心忘るべからず」これは、どのような人であっても、終生守るべき鉄則なのであります。そこで、一般論として謂えば、科学技術の発展により社会はめまぐるしく変化します。例えば、昔あった職業が無くなり、新しくIT関係の色々な職業が現れます。これらの変化は、全て目に見えている現象であります。私達は、この目に見える現象に惑わされず常に物事の本質を見抜く目を持たなければならないのであります。一休禅師に「皮にこそ男おんなのへだてあれ骨には変わるあとかたもなし」という一首があります。男も女も、その美しさの奥にあるものは、骸骨であります。美しい顔も一皮むけば骨がある。骨こそが人間を人間たらしめている根源であります。人を焼いても骨は残ります。骨は人間の本質を意味します。したがって、「あの人は骨のある人だ」と謂います。このように人間の本体が解れば、人間が愛(いと)おしくなります。美しい肌や美しい顔・姿は、目に見えている現象であって、それに惑わされず、人間の本体・本質を見るべきであります。

 花は散るから美しい、人も死ぬから尊いと思います。桜の花は一週間ほどの命、それも、人に見てもらおうと思って咲いているわけではない、精一杯に咲いて散っていく。だからこそ美しいのであります。人も死ぬから尊いのであります。人に認められても認められなくてもよい、散っていくところに人の良さがあると思います。
 
 名曲を聴けば余韻が残ります。名曲を聴けば何時までも耳に余韻が残っていくように、私達の人生も、認められても、認められなくてもよい、精一杯生きていく、そのことが大事であります。

 では、どのように生きていくのか。全てのことに感謝して、素朴に、素直に、そして謙虚に生きていく。そうすると死んでも余韻が残っていくものであります。

 死んでからも、もう少し長生きして欲しかったな、と余韻が残ります。それは、ローマは一日にして成らず、ローマが栄えたのも一朝一夕になったものではなく、毎日の積み重ねが、死という緞帳(どんちょう)が下りた時に、後の人にどのようなものを遺したか、リーダーというものは、余韻を残して死にたいものであります。

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://zenshuren.blog25.fc2.com/tb.php/344-6676645f