みちしるべ 

みちしるべ
-全珠連学術顧問がおくる学習の羅針盤-
みちしるべ

 秋学期の始まる頃が、大学では中途退学のピークである。どの大学も例外ではなく、せっかく入学したのに途中で諦める学生が少なからずいる。

 退学届の最終許可印を押す際に、「家庭の事情で授業料が払えない」などの理由書を見ると、政党助成金をカットして、若者に給付型の奨学金を増やすと公約する政治家はいないのか、と言いたくなる。しかし、「思っていたのと違う」、「他の進路を見つける予定」などと、安易ではないのかと思える理由も少なくない。しばらく辛抱することや志を持続させることの価値を本人も保護者も考えないらしい。自分らしくなどと、気持ちの揺れにしたがうことを肯定的に捉えているのではないかと思ってしまう。

 大学生の頃に亡くなった祖母は小学生の頃、「たけしは辛抱がよい」と言ってくれたことがある。どのような文脈であったのか覚えていないが、褒められたと思い嬉しい気分であった。何かを続けて行くことは良いことなのだと心に刻んだ。その頃に「持続する志」と裏に自書した竹製の定規が、今でもどこかにあるはずである。

 とかく、人間は飽きやすい。ネズミにペダルを押す作業を繰り返させると、始めは活発な神経細胞の発火が、2万回目頃には疎らになりほぼ消滅寸前という実験データがある。脳は省力化をする仕組みを内包している。したがって、同じことを続けるには何かが必要であり、それは辛抱とか頑張りなどと呼ばれるもので、脳活動に意識的に時に活を入れる仕組みなのかも知れない。持続して同じことに取り組むと、脳はそれまでとは違うやり方を見つけ出す自動性を持っている。持続させていれば事態に適応でき急展開することがあるのだ。このことは以前に行ったそろばん塾の先生での実験で見出したことである。

 そこで、そろばんを習う子供に、「上達すること」を褒めるだけでなく、「休まないで今日も教室に来て偉いねえ」などと、「続けること」は価値があることを伝えて欲しい。何かを「続ける」ことで賞賛された快感が心にしみ込むのは小学生の時期だろうと考えるからである。

 退学届の書類を前に、今から大学生に続けることの価値を教え込むのは容易ではないと思いつつも、試みなければと思うのである。


 

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