YELL ~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~ 

YELL  VOL.5
~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~
from 武藤 洋一(群馬テレビニュースキャスター)

武藤 洋一
※連盟広報誌「全珠連会報」第167号(2015.7)に掲載


アメとムチ
 昭和33年春、東京六大学野球でホームラン8本を打った長島茂雄がプロ入りした。開幕1軍はもちろん、スタメンで3番。4番はあの「打撃の神様」川上哲治である。開幕戦は相手の国鉄(現ヤクルト)先発金田正一が「プロの厳しさを教えたる」とばかりに全力投球。長島は4打席4三振だった。しかし、それからは打ちまくった。シーズンが終わってみれば打率は2位だったが、本塁打王、打点王を獲得。スーパースターの誕生だ。私は小学校4年生。野球ばかりしていた。だれもが長島と同じ3塁を守りたがり、銭湯に行けば長島の背番号「3」の下足札を奪い合った。
 そんなとき、父がこんなことを言った。「定時制高校で勉強している生徒が昼間は会社でアルバイトをしていた。その会社で経理の人たちが数字を読み上げてそろばんで計算していたが、何度やっても合わない。そのときにこの青年がお茶をいれながら、頭の中で計算をしていた。脇から恐る恐る『正しい数字はこれですよ』と言った。そろばんができる。暗算がすごいということで、卒業と同時にその会社に就職できたそうだ」。父の話はこのあと「だからそろばんを習え」と続いたのは言うまでもない。
 プロ野球シーズンが終わったその年の11月、近くの松岡珠算塾へ通い始めた。2年2カ月後…小学校卒業寸前の6年生の1月に1級合格を果たしたが、そのちょうど半分にあたる1年1カ月は2級に挑戦していた。何度も何度も落ちた。先生いわく「野球やってちゃ受からない」。軟式とはいえボールを強く握る行為がそろばんを弾く指にいいはずがない。私にそろばんを勧めた父は「2級が受かったら新しいグローブを買ってやるから、それまで野球はするな」とアメとムチで迫ってきたが、相変わらず続けた。そしてようやく受かって買ってもらった。1,250円。2級合格より、グローブの方がうれしかった。もちろん55年たった今も使える状態だ。

「勘定板」と「壺算」
 高校ではそろばんに触れる機会はなく、大学でも無縁だった。だが、落語が好きで寄席に通った。そこで聞いた話をしよう。一つは「勘定板(かんじょういた)」。尾籠(びろう)な話で申し訳ないが、あらすじはこうだ。海に近いところに住んでいる田舎者が江戸の宿屋に泊まる。その村ではトイレのことを「閑所(かんじょ)」と呼び、用を足すことを「カンジョウをぶつ」と言った。浜辺には紐をつけた「カンジョウ板」があり、用事が済むと紐を引いて海で洗うシステムだ。村人は宿で用を足したくなり、番頭に「カンジョウをぶちてぇ」と頼む。番頭は「どこで?」。村人は考えた。「海は遠いし…この部屋はどうも…そこの廊下でぶつべぇ。カンジョウの板持ってきてくれ」。「カンジョウ板ですか?」。番頭はいろいろ想像してみた。「カンジョウ、カンジョウ…勘定をする板…きっとそろばんだろう」と底に板が張ってある大きなそろばんを持ってくる。村人が用を足そうとそろばんを裏返しにしてまたがると、転がり出した。「こりゃすげぇ江戸のそろばんは車仕掛けだ」。
 もう一つの「壺算」。今はあまり見かけなくなった壺を買う話だ。壺の大きさは「一荷(いっか)」「二荷(にか)」と数える。本当は二荷の壺を買いたいのにまず一荷の壺を3円で買う。一旦店を出てすぐ戻り「本当は二荷の方がほしかった。取り替えてくれ」。ここからこの男と店の親父のやりとりになる。「さっき一荷の壺が3円だったけど、二荷はその倍の6円でいいかい。オレはさっき3円渡したなぁ」「はい。確かにいただきました」「さっき買ったこの一荷の壺は3円だから足して6円だ」「?????」「分からねぇのかい?…そろばん出してみなよ。いいかい。さっき3円渡したろ」「はい。確かに」「それとこの壺が3円だ。合わせりゃ6円じゃねぇか。この二荷の壺をもらってくよ」。
 そろばんを習った人ならだまされないだろう。

消費税導入
 時代が平成になって消費税が導入された。3%とはいえ事実上の値上げだ。こんな不公平な話はない。「すべて一律に3%だから公平だ」という見方もあるが、収入の多い人と少ない人では、消費税分にかかる負担は違う。それはともかく、何を買っても3%を余分に払うことになった。
 どうせ払うなら、何か痛快なことはないか考えた。結論は…。商品の価格に1.03を掛けて合計金額を暗算する。小銭を用意しておいて、レジ係の人が「○○円です」と言うのと同時に、つり銭なしのピッタリのお金を受け皿に出す。目を丸くするレジ係。得意そうにウンとうなずきながらレシートを受け取って引きあげる。
 しかし、そんなシナリオはなかなかうまくいかない。久しく遠ざかっている暗算の腕前は情けないほど錆びていたからだ。合計金額が3桁なら何とかなったが、4桁以上は「はずれ」が多く、返り討ちにあった気がした。
 そして5%。このときは楽だった。3%は1%の3倍だが、5%は10%の半分。計算は楽になり、暗算の腕をあげるには役立たなかった。だが、8%になって再び頭を高速回転させる必要が出てきた。 100円の税込金額は 108円と即答できても、スーパーの価格はほとんどが1円単位。それに1.08を掛けるのは容易でない。しかし、そこが頭を鍛え、そして老化させないことにつながるのだ。
 今度は10%になるという。この暗算は楽だ。昨年春から8%にしたことで日本経済はしばらく滞ってしまったため、さらなるアップに懸念の声もある。計算は楽になっても、生活は楽にならない。

タイムキーパー
 3年前の3月から、群馬テレビのニュースキャスターをしている。月曜から金曜の夜8時~9時のニュース番組。22歳からずっと続けてきた新聞界から、63歳になってテレビ界への転身だ。ニュースを扱うことでは新聞もテレビも同じだが、紙媒体と電波媒体はまったく違う。記者は書き損じても書き直せばいい。適当な言葉が出てこなければ辞書や文献、資料を見直せばいい。記者は紙面に出ることは少なく、ペンだけで社会を斬ることを生業(なりわい)としている。しかし、電波、それもニュースは生放送だ。言い淀むことも許されない。
 もう一つの大きな違いは時間が決められていること。新聞も紙面のスペースは決まっているが、窮屈に詰め込んだり、見出しや写真を小さくすれば入らないとあきらめていた記事が入る。だが、テレビは秒単位。タイムキーパーという仕事があって、1時間の番組の中で「何分」あるいは「何秒」遅れている、もしくは早すぎるという合図をするわけだ。だが、それはキー局でのこと。地方の小さなテレビ局では、サブディレクターが兼ねていることが多い。私が関わっている番組もそうだ。兼務だから、そう細かい指示はできない。
 そこで、キャスター自身が時間をチェックしている。女子アナの読むニュース原稿を隣で聞きながら、何秒早いとか遅いとか。そしてそのあとの原稿が何分何秒の予定だから合わせて何分何秒…次のCMは、このままだと何秒遅れになるから、私のコメントは短めにしよう。これは暗算のなせる技。初めのうちは面食らったが、「石の上にも三年」。楽しく放送させてもらっている。

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