YELL ~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~ 

YELL  VOL.1
~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~
from 伊藤 昌也
略歴
※連盟広報紙「全珠連会報」第163号に掲載


 今回この原稿を書き始めるに当たって、平成25年度の全日本珠算選手権を記録したDVDをお送りいただいて拝見いたしました。私が出場していた頃と比べて、トップ選手の進化が格段に進んでいることは当然としても、私がかつて得意だった読上算は速過ぎて聞き取ることもできず、また読上暗算も16桁まで読まれていることなどに、ここまで来ているのかとあらためて感銘を受けた次第です。一方で、大会の運営や雰囲気自体には根本的な変化はなく、大会関係者の長年のご尽力に思いを馳せると共に、特にステージ上での同点決勝のシーンには、自らの選手当時の緊張感が甦るような既視感を覚えました。
 
 この大会に出場している選手たちは、世界的な標準から言えば間違いなく天才と言っても過言ではない計算能力を持った人たちばかりですが、DVDを観ながら、この天才たちはこれからどのような人生のコースを歩んでいくのだろうか、私が選手だった時に同じ会場で競い合っていた人たちはその後どうしただろうか、という思いが湧いてきました。この会報の読者には、かっての選手で現在は指導者・教育者の立場になっている方々も多いのではないかと思いますが、十代の頃に同じ目標を持っていた一人として、そろばんから始まった自らの人生経験を一度振り返ってみようと思います。

 私は昭和33年に三重県四日市市に生まれ、小学1年生から地元の富田珠算学園で故黒田隆次先生のご指導を受けました。その後競技会に出られるようになってからは毎日のように教室に通い、中学3年生の夏に札幌での選手権に出場のため初めて航空機に乗った記憶がありますから、高校入試の直前まで教室での練習が日々の生活基盤になっていたと思います。小学6年生の時、国民珠算競技大会で表彰してもらうために初めて新幹線に乗って東京に行けたことが本当に嬉しく、この時の事が将来は東京に出て活躍したいという気持ちの原動力になりました。その後は選手権と国民の全国大会に加え、三重県内や平塚・岐阜・高岡など各地での競技会に出場したり、京都の明徳商業高校(現・京都明徳高校)に練習に行ったりと、練習と競技会とに明け暮れましたが、成績が悪くて競技会で決勝に進めなかったときや、団体戦の選手に選ばれなかった時などは、会場の隅でひとり落ち込むような辛いことも多かったような気がします。高校に入って富田珠算はいわば卒業の形となったことで徐々に練習する場もなくなり、高校2年生の春の国民が最後の競技会出場となりました。
 富田珠算では黒田先生のユニークなアイデアがいっぱい詰まった練習があって、「源平」あるいは「紅白」という名称で、生徒が二つのチームに分かれ、全員の前で1対1の勝負をする機会がありました。私はこの練習(勝負)が大好きで、自分が問題を選ぶ順番の時は、普通の問題では勝てない相手なら、開平・開立暗算やポンドの諸等数計算などの変化球をぶっけるなどして挑戦した覚えがあります。当時は1ポンド=20シリング、1シリング=12ペンスでしたから、この諸等数の乗除算を選べば相手に一瞬の躊躇があるので必勝でした。その後ほどなく英国の通貨も十進法になり、1ポンド=100ペンスとなりましたが、将来10年以上に渡って英国に居住することになるとは当時は知るはずもありませんでした。
 高校を卒業してからは、1年間の予備校通いの後、東京大学経済学部に進学しました。体育会庭球部中心の大学生生活ではありましたが、ゼミでは国際金融を専攻し、卒業とともに外国為替専門銀行の東京銀行に入行しました。金融機関では次々に多くの種類の業務を担当するのですが、もともと希望していた為替トレーダーとしてロンドン支店へ派遣されたのが海外勤務の始まりで、結局ロンドンに三度、香港に二度、通算で16年間の海外勤務をすることとなりました。その間、金融機関はどこも合併の繰り返しの歴史となり、現在は三菱UFJフィナンシャルグループの証券持株会社に勤務しています。
 さて、学校や社会でそろばんがどのように役に立つのかという観点から私なりの考えを述べてみます。
 第一に、そろばんは自らの能力を総合的に高めるためには最も優れた手段であると言う事ができますが、同時に逆説的な意味で、トップ選手になっても将来をそろばんに縛られないため安心して練習にのめり込んで行けるということも言えると思います。この選手権大会に出場してくるような選手たちは、小さい頃から高度で集中力の高い練習を長期間継続してきた人たちばかりで、その意味で囲碁・将棋やピアノ・バイオリンなどの天才児たちと同様とも言えますが、そろばんにはこれより上位のステージがなく、プロ業界というものが存在しないため、将来の進路はそろばん競技を離れて自由に選択することができるという事が言えると思います。選手たち自身は、計算スピードが速くなる、暗算で浮かぶ桁数が増えていく、競技会で上位に入賞することなどに価値を見出しながらそろばん自体を好きになっていきますが、受験に直接つながらないそろばん教育に月謝を払う保護者の方たちは、そろばんが極めて有効な教育ツールであることを無意識に理解して承認を与えているのだと思います。そろばん教育がこのような高い水準にまで発展し、教育界で十分に認識されているのも、全国各地の指導者の方々の日々の活動の賜物以外何物でもないものと思います。
 第二に、そろばんができる能力は理数系分野において大きな成功の可能性に繋がっている事です。数学や物理学などの自然科学は世の中の事象から導かれるの法則を論理的にじっくり突き詰めていく学問ですが、一方でそろばんの問題は整数・小数の四則演算の内側の世界に過ぎず、数学的な奥行はほとんどないのも事実です。大学の数学科の教授にも簡単な計算も苦手なことをことさらに強調するような人もいます。19世紀のドイツの偉大な数学者ガウスが、小学生の頃に1から100まで足し算をする問題で、あっという間に答えを出したガウスに対して、どうやったのかと先生が尋ねころ、1十100=101、2十99=101、……、50+51=101と101が50組できるから合計は5、050という答えを出しましたというエピソードは有名ですが、はたしてガウスがフラッシュ暗算で1から100まですぐ計算ができていたらもっと高い水準にまで数学が発展していたかもしれません。個人的には、数学の勉強において最も役に立ったのは開平が暗算でできたことで、ルートの中がどのくらいの数かがすぐに計算できたことはとても便利でした。逆に169が13の2乗になっていることを気付かないといけないような設問では、他の人たちはいったいどうやるのだろうと不思議に思っていました。私は文科系学部に進学しましたが、多くの数字を瞬間的に記憶に残し演算を行うことができるそろばん選手が理数系分野に適合性がないはずがなく、将来自然科学の分野に進む人が増えて、科学技術の先端に立ち、ノーベル賞や数学のフィールズ賞を狙うようなことが起こると良いと思います。
 第三に、実際のビジネスにおいては、金融機関にしても事業会社にしても、そろばんができても社員個人の業績に直接つながることはあまりないように思えますが、実は自らは気づかないところで相当ポイントを稼いでいるのです。30年を超える金融機関勤務期間のうち、大部分を為替資金市場や資本市場などの価格が頻繁に変化する商品を扱う部門で過ごしてきましたが、市場の参加者たちは意外に計算能力を持ち合わせていないものです。たとえば為替相場が大きく動いたときなど、ニューヨークの銀行のディーリングルームなどから中継されるニュースをご覧になることがあると思いますが、トレーダーたちは机の前に幾つものモニター画面を置いて明滅する数字やグラフを見ながら大きな資金を動かしている割には、せいぜい簡単な加減乗除の計算しかしていないものです。私が為替トレーディングを担当していたころは、日本円対米ドルのレートをドイッマルク対米ドルのレートを割って円対マルクのレートをすぐに計算しないといけないような局面も多かったのですが、235.75÷2.9565の最初の4桁を出すようなことも電卓のないところで出来たので、自分で秘かに得意がっていたようなこともありました。これほどではなくても、社内会議や顧客へのプレゼンテーションの際に、数字を足したり割ったりして答えを出しながら議論を進めていくことは当たり前のように起こるので、そろばん・暗算の能力の有効性は何ら減少することはないのです。

 また、いわゆるリーマン・ショックの引き金になり世界の金融機関の屋台骨を揺るがせたサブ・プライム・ローンを束ねた複雑な証券化商品は、格付け要因や支払い不能となる確率密度関数を何重にも積み重ねて作られた数学的に極めて難解な商品なのですが、少し間違うと級数的に数字が大きくなるレバレッジの高い(「挺子で何倍にも持ち上げる」という意味です)構造を持っているので、数字のセンスがない割には強欲だけが取り柄のウォール・ストリートの人闇が取り扱うとあっという間に企業の破綻につながる所まで行ってしまうのです。財務省や日銀で財政・金利政策を扱っている担当者でも同じことで、法制面の制約や政府の政策を横目で見ながら数字をこね回す作業に膨大な時間を掛けていますが、彼らがそろばんで鍛えた数字のセンスを持ち合わせていたらどれだけ納税者のコストを減らせることでしょう。
 最後になりますが、そろばんの能力と同時に、現代の社会人として大切なものは、英語を読み・書き・話す能力や習慣だと思います。16年間も海外生活することが事前にわかっていたらもっと英語を勉強しておいたのにと思うことは何度もありましたし、英語で思った事が言えればもっと業績が上がるはずとどれだけ思ったかしれません。国を挙げて理数系の人材を育成しているインドでは、ヒンディー語をはじめとする多数のローカル言語とは別に、教育だけでなく政治・行政・ビジネスにおいて英語使用を徹底することで世界中に人材を送り込むことに成功しています。インド人がシリコンバレーで起業したり、欧米のグローバル企業のトップに就任することは何ら珍しい事ではありませんが、彼らの多くは英語と理数系科目の徹底的な勉強によって成功したと証言しています。インドに限らずどこの国でもエリート育成には似たようなシステムを用いています。
 一方で最近の日本から英米の大学・大学院への留学は必ずしもポピュラーではなく、これはひとつには派遣元の企業が業績不振で留学生を減らしてきたことも原因の一つではあるのですが、そもそも留学すること自体がキャリア上有利に働かず、また大学教育や仕事の上でも英語は使えないと逃げ回ることが可能で、一部の人だけができればなんとかなるという意識がまだ残っているものと思います。先進国でかっ大企業・中小企業を問わずこれだけグローバル経営を志向しているにもかかわらず、この状況は相当珍しいとも言えますが、優秀な日本人という思い込みだけでは最早やっていけないのは明らかで、事実、海外で企業を買収したり海外子会社を管理することになると、今ではあたりまえになったビデオ会議において英語で発言できない人は、いくら仕事ができても担当から外さざるを得ないと言う事になっています。また、海外のwebサイトに直接アクセスできる時代になったことで、海外に行く行かないは関係なく、英語を用いた地球的規模のコミュニケーションに参加できる権利を手に入れるためのパスポートとして、あるいは日常生活の楽しみを増やす手段としての英語に接する機会を増やすべきと思います。そろばんも英語もその意味で目的ではなく手段ですが、計算能力を身につけ、英語に自信がつけば、世界中どこへ飛び出しても恐れることはなく、どんな仕事についても成功間違いなしです。全国のそろばん選手、指導者の方々の今後のご発展と成功をお祈りしております。

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://zenshuren.blog25.fc2.com/tb.php/248-9ff49898