道しるべ 

社会的スキルを育てる珠算塾Ⅱ

名古屋大学大学院環境学研究科心理学講座 八田教授

※名古屋大学大学院環境学研究科心理学講座 八田武志教授

 「珠算塾では珠算技能だけでなく子どもの社会的スキルを育てていることをもっと主張してよいのではないか」という趣旨の文章を6年前にこの新聞(全国珠算新聞)に書いた。しかし、考えていることが正確に伝わったか怪しい。当時考えたことは今でも妥当と思うので、再度与えられた機会を使って別な言い方で私の考えを伝えておきたい。
 私の提言は、これまでのような「そろばんを習うと算数の学力に有効」というような訴えだけでなく、もっと別な珠算塾の「売り」があるのではありませんか、ということである。私もそろばん学習が知的機能、特に右脳機能との関連が強いことなど、子ども自身に関わる効用を指摘することが多かった。これらの指摘は、子どもの学力育成が親のもっぱらの関心であったことが時代の背景にある。しかしながら、もはや子どもの学力を伸ばして有名大学に入ることが親の第一の望みではなくなってきた。よい大学を出て、有名会社に入っても将来の保障はないことが知れ渡ったからである。
 最近の親の関心は、子どもが成長して社会に適応できるかという基本的な問題に移った感がする。「オタク」にならないだろうか、異常性欲や攻撃衝動からとんでもない社会問題を起こさないかが、勉強ができるかどうかよりも大事な時代になったのである。経済的に豊かな社会になった日本が醸成してきた病理がマグマのように噴出しつつあると思える。
 最近の脳科学の進歩から、ヒトが人間になるのは古い部分の攻撃や性衝動を生じさせる脳部位の働きを新しい部分の脳(前頭葉内側部)が制御できるようになることが明らかとなってきた。また、この制御は他者とのコミュニケーション場面を多く経験することで育つことが明らかとなって来ている。大勢の子どもが集まり、会話をしたり、先生の言うことを聞いたりする経験はこの制御の訓練をしているのに他ならない。そろばんを塾で習うことは学力を育てることにつながるが、同年齢や異年齢の人間とコミュニケーションを経験できる場所という点にもっと重要な意味がある。
 私が塾の経営者であったなら、「そろばんを習って学力を伸ばそう」ではなく、「そろばんを習って、ヒトから人間になろう」と言うに違いない。(名古屋大学大学院環境学研究科心理学講座教授)

*この欄は珠算教育に理解を示し、珠算の学術的価値について研究されている大学教授ほか学識経験者によって構成される全珠連学術顧問の方々からご寄稿いただいています。

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