珠算指導者講習会(生涯学習としてのそろばん) 

珠算指導者講習会
演題:生涯学習としてのそろばん

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 5月8日、理事・研修学教委員長の澤田悦子先生を講師にお招きし、三重県支部主催の珠算指導者講習会を開催しました。

 演題が日頃の先生方の授業とは、少しかけ離れた内容で、参加人数が極端に少ないのではと心配していましたが、44名の参加者を得て、まずは胸を撫でおろしました。

 このテーマは、出生数が35年間減少の一途をたどるなか、そろばん学習を子供に限定せず、「脳の老化予防」「認知症予防」も期待される生涯学習の一環として高齢者へも展開し、珠算学習人口の増加を図ることを目的に選択されました。

 昨年10月から、NHK文化センターで大人の方へのそろばん講座を実践しておられる澤田先生から、技量、目的の異なる人を一同に会し、いろんなメニューを考えて、先生がモットーとする「明るく」「たのしく」「前向きに」のそろばん授業の講義でありました。

 先生の実践現場での楽しいお話に、あっという間に時間が過ぎました。笑いが一杯の楽しいお話をきかせていただき、ありがとうございました。

第38回大津そろばん祭り 

第38回大津そろばん祭り

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 大津そろばん祭り感謝祭法要が4月29日、好天に恵まれた三井寺の境内で開催され、理事長代理・ 森廣次監事及び理事をはじめ、近畿ブロックの支部長、その他の来賓の方々や保護者の皆様にご臨席をいただきました。


<第1部>そろばん感謝祭法要
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 古いそろばんを焼却供養するそろばん感謝祭法要が営まれました。


<第2部>そろばん腕くらべ
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 三井寺の書院にてそろばん腕くらべが4年生以下20名、5年生17名、6年生15名の参加により行われました。
 
 成績発表の準備の間、読上暗算競技が行われ、正答者に賞品が渡されました。その後、個人総合競技の表彰があり、無事に終了することができました。

全珠連会員が藍綬褒章受章 関谷揚子氏(岩手県) 

全珠連会員が藍綬褒章受章

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 4月28日、2016年春の褒章受章者が発表され、盛岡少年院で20年間そろばん授業を担当する篤志面接委員を務めた関谷揚子氏(岩手県)が、藍綬(らんじゅ)褒章受章者に選ばれました。
 この栄誉について、全国紙3紙、地方紙2紙でも取りあげられ、関谷氏は受章の重みを実感するとともに、喜びのコメントを寄せてくれました。


 本年春の褒章の「藍綬褒章」を賜る誉れを頂戴することとなりました。これは身に余る光栄であり、国民として大変名誉なことという感慨とともに身の引き締まる思いであります。

 亡き父、関谷孝が1980年から、当時の教育長の依頼で盛岡少年院の篤志面接委員として珠算指導を始め、1996年に死去したあと私が引き継いで本年で父娘合わせて36年間続けさせていただいております。

 今回の私の受章に際しましては、全国珠算教育連盟の盛岡少年院の被収容者に対する検定受験料無償というご厚意が大きな後押しとなっていると存じます。少年たちは珠算の練習をし、定期的にある検定試験を受けることで、目標に向かう姿勢や努力を身につけたり、不合格であってももう一度がんばるという気持ちでまた練習をしています。

 現在、再犯の少年が二人います。T君は非常に優秀なのですが、母親との関係がうまくいかずに投げやりな言動をするため教官たちと衝突しているようですが、「珠算だけは真面目に取り組んでいる」と院長がおっしゃっています。事実、私にはとても素直です。
T君は1級の検定で応用計算は満点で合格し、開平もすぐに習得して、1月の検定では初段、3月は準弐段に合格できました。

 K君は珠算をしているときの姿勢がよく、必ず上級にいけると思うのですが、「合格できる気がしません」と自信を失っていました。そのため次に会ったときは「今日はK君にいっぱい教えるために来たよ」と言い、位取りで迷っていましたのできっちり時間をかけました。

 教官によりますと、その後一人で毎日のように練習をしていたそうです。その甲斐があり、3月には2級に合格できました。先日K君に会いますと見違えるほど意欲的になっていて、1級だけでなく段位の練習もしたいと言っています。T君もK君も珠算を通して更生への道を再度歩いています。

 私の矯正活動は、少年たちを変えようとするのではなく、少年自らが「変わろう」という気持ちになるようサポートしたいと考えます。かつて父が「少年たちは自分は落ちこぼれだと思っている。彼らをそう思わせたのは、私たち大人の責任なのだから少年院の中では一人も落ちこぼさないこと。一人ひとり多様性があるのを認めること」と話していたことを覚えています。

 珠算検定があるおかげで、少年たちは高い目標に向かって生活をしています。もちろん合格することも重要ですが、日々一歩ずつ努力を重ねていくことこそが大切なのだということに気づいてくれるように、これからも彼らに寄り添っていきたいと思っております。

<開催案内>日数教大会(岐阜市) 

<開催案内>日数教大会 (岐阜市)

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※昨年の大会のもよう(於:札幌市)


 第98回全国算数・数学研究(岐阜)大会が8月3日~5日、岐阜県岐阜市の岐阜大学教育学部附属小・中学校で開催されます。 
 
 今回は「学ぶ充実感のある算数・数学教育」を研究主題とし、全国各地から小学校の教員、および教員を目指す学生が一堂に会し、分科会・ボスターセッション・ワークショップ形式で発表が行われます。

 珠算関係では全珠連珠算教育研究所・算数教具部会の部員による分科会発表が予定されています。

 当部会では、これまで「そろばんづくりの実践」・「そろばんによる量の学習」等の発表を行ってきましたが、本年度は、これまでの経験をもとに「そろばん授業の実践と活用-数や量に関する指導上の課題解決に向けて-」と題し、2部構成で理論と実践の発表を8月3日の午後2時頃に行います。

 珠算指導にさらなる幅をもたせ、日々の授業を充実させるために、足を運んでみてはいかがでしょう。


大会詳細はこちらから>>>

YELL~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~  

YELL  VOL.8
~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~
from 伊藤 祥三(東京大学医学部整形外科学教室)
※連盟広報誌「全珠連会報」第170号(2016.7)に掲載
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滋賀県彦根市生まれ
私立洛南高等学校・東京大学医学部医学科卒
大学卒業後、東京大学医学部整形外科学教室に入局
関連病院での研修を経て、2008年東京大学大学院医学系研究科に進学
軟骨細胞代謝に関する研究で学位取得
2012年4月より東京逓信病院にて勤務

小・中・大と野球一筋、現在でも東大整形外科野球部でプレー中
同部は2007年・2015年に整形外科野球の全国大会で優勝


珠算が叶えてくれた夢

 18歳で故郷を離れて東京の街に降り立ち、早いものでもう20年以上が経ちました。整形外科医として勤務し、自宅に戻れば2児の父として過ごす毎日です。この度、光栄にも原稿のご依頼をいただきましたので、「珠算」を軸として半生を振り返りつつ、ささやかながらメッセージを送りたいと思います。

 私が生まれ育ったのは滋賀県彦根市です。小学校へ入学直後から彦根北野速算塾に通い始め、上原一孝先生・京子先生にご指導を賜りました。前の席にどっしり座り、ときに厳しく生徒を叱って教室の空気を引き締めておられた一孝先生。それをいつも優しくサポートなさっていた京子先生。1年生の生徒はほとんどおらず、指導にあたってはご苦労もおありだったと想像しますが、お二人に優しく教えていただき、楽しみながら力を伸ばすことができました。ほどなく大会にも出場し始めましたが、当然ながら最初はまるで歯が立たず、悔しい思いばかりでした。それゆえ2年生時に初めて読上暗算で入賞したときの喜びは、今でもはっきり覚えているほどです。1問でも間違えたら終わり、というプレッシャーが心地よく感じられ、大会に出るのが毎回楽しみでした。
 
 このように珠算に打ち込む一方、幼少期から野球が大好きで、3年生の秋にはスポーツ少年団に入りました。副主将で4番捕手という役割を担っていたため、予定が重なったときには珠算よりも野球を優先せざるを得ませんでした。珠算に関しては苦しい日々を送ることになりましたが、上原先生に支えていただき、小学校を卒業するまで続けることができました。野球の合間を縫って参加した大会で、何度か優勝を経験できたことはよき思い出です。

 珠算競技の中で、私が最も得意としていたのは暗算です。暗算全盛の現代にあっては信じ難い話かもしれませんが、当時は珠算を習っていても暗算だけは苦手、という人が多くいました。その中で、幼い頃からクイズやパズルなど、とにかく頭を使う遊びが好きだった私にとっては、頭の中だけで計算できることが面白くて仕方ありませんでした。余談ですが、暗算のブレイクスルーとなったのは珠算経験者である母親の「頭の中でそろばんを弾くといいよ」という何気ない一言でした。今では当たり前の指導法ですが、そのときはまさに目からウロコでした。ただ、アドバイスをくれた母親自身は、暗算がそれほど得意ではありません(笑)。

 中学・高校では競技としての珠算に接する機会はありませんでした。病気がちであった祖母と同居していたことから医師を志すようになり、幸運にも恵まれて東京大学に合格。その後、整形外科医となり,現在に至っています。

 冒頭でも書きましたが、私には2人の子供がおります。かねてから子供にも珠算を習わせたい、という想いがあり、妻もそれを理解してくれたため、Sanraku Soroban Schoolの門を叩き、菊地正芳先生にご指導をいただくこととなりました。最初に教室へ足を踏み入れたときの驚きは忘れ得ません。ずらっと並ぶPCモニター、当たり前のように計算を重ねる子供たち…。珠算教育の劇的な変化を目の当たりにした瞬間でした。

 そして、久しぶりに珠算と接したことで、少し不思議な感情が芽生えてきました。かつての珠算人生がいささか不完全燃焼に終わっていたのではないか、と思い始めたのです。本格的に競技へ復帰するのは無理にしても、かつて珠算に一生懸命取り組んだ証を残したいと考えた私は、無謀にも全日本珠算選手権大会の出場権を得る、という目標を立てました。菊地先生にお許しをいただき、教室では娘と並んで練習、自宅では早起きして出勤前に練習をし検定試験に臨み、何とか珠算五段・暗算八段まで辿り着きました。中学時には珠算弐段止まりでしたから、まずまずがんばったとは思います。
 
 かくして平成26年8月8日、晴れて全日本珠算選手権大会に出場することができました。開会式で自分の名前がスクリーンに現れた際には、えも言われぬ感動に包まれたことを覚えています。この大会では驚きの出来事もありました。小学生時代の私を知る伊部ソロバン教室の伊部征子先生が名前を見つけて、声をかけてくださったのです。それがご縁で後日,上原京子先生とも再会でき、夏休みの思い出に貴重な1ページが加わりました(残念ながら一孝先生は既に鬼籍に入られておりました。ご冥福をお祈りいたします)。

 お分かりの通り、私の腕前は一流選手から見れば取るに足らない程度のものです。ですが人生が変わった、という表現が決して誇張でないほどに、私は珠算から多くのものを与えてもらいました。

 まず暗算力の礎を築いてくれました。ここで言う「暗算力」とは計算するだけの半ば機械的な処理能力ではなく、珠算式暗算のアルゴリズム(計算手順、十進法を基礎としての計算)を基盤とした複合的な計算力のことです。「あらゆる計算を頭の中だけで完了させる能力」とでもいえばよいでしょうか。今の子供たちを見ていると、検定試験的な問題には強いのですが、例えば「27打数10安打のバッターの打率は?」「2,500円の商品に対する消費税はいくら?」といったような問題には答えられなかったりします。これは暗算能力があっても、それを活用する術を知らないためです。私は暗算との出会いをきっかけに、日々出会う数字に注目し計算してみる、という習慣ができました。それにより数字が持つ有機的な意味や背景が理解できるようになり、あらゆる計算に強くなったと考えています。先ほど暗算力の「礎」と書いたのはこういった理由からです。この観点からは、珠算教育では競技としての暗算の力を伸ばすだけでなく、それを応用・発展させる指導にもう少し重きを置いてもよいのかもしれません。

 また、ここ一番という場面に強くなりました。基本的に珠算では一発勝負で白黒が決まりますから、必然的に厳しい局面でも最大限のパフォーマンスを発揮して結果を出さなければなりません。そのときは意識していませんでしたが、小学生の頃からこのような場数をたくさん踏ませていただいたことは、後に大きくものをいいました。

 これらが結集して最も活かされたのは大学受験のときです。私の強みは、ややこしい計算が必要となる問題で大きく時間を節約し、浮いた分を他の問題に回せることでした。例えば理想気体の状態方程式では気体定数(0.082)・絶対温度(摂氏温度+273)などの面倒な数値が出てきます。私は暗算のみでそれを素早く処理し、その分思考力を要する問題に多くの時間を割いていました。

 本番当日、会場はピンと張り詰めた異様な空気に包まれていましたが、私は全く緊張せず落ち着いていました。珠算の大会などで数々の似たような経験をしていたことに加え、自分には暗算力という周りの誰にも負けない武器がある、という自信が平常心をもたらしてくれたのだと思います。タラレバの話になりますが、もし珠算と無縁だったならば、医師になるという夢は叶わなかったかもしれません。

 この原稿を書いている今、娘は珠算弐段・暗算四段まで合格、最近始めたばかりの息子はたどたどしい指使いながら六級の練習に取り組み、妻は送り迎えを中心として子供たちを支えてくれています。私がそうであったように、子供たちが珠算を習う意味や価値に気がつくのは、ずっとずっと先のことなのでしょう。「珠算を習っていてよかった!」と笑顔で言ってくれる日が来るのを心待ちにしています。

 最後になりましたが、珠算を習わせてくれた両親、温かくご指導くださった上原先生ご夫妻、子供たちを熱心にご指導くださっている菊地正芳先生、並びに私の珠算人生を支えてくださった多くの皆さまに、深い感謝の意を示したいと思います。



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