珠算指導者教養講座 

珠算指導者教養講座

 全国珠算研究集会前日の3月28日(土)、鹿児島市民文化ホールにおいて、珠算指導者教養講座が開催され、390名の参加者が受講しました。約2時間に及ぶ講習の概略をご紹介します。

 講座は『楽しいそろばんの歴史』―実証と推測―と題し、長い珠算史の中から10項目を選択し、それぞれの実証と推測を交えたもので、また、今では故人になられた山崎輿衛門氏・鈴木久男氏・平山諦氏・竹内乙彦氏などの著作から多くを引用したことに謝意を述べつつ、大垣氏個人の推測も含まれることの了承を求めました。

①メソポタミアの砂そろばんに物証はあるか
 粘土板には代数や平方などの数学のことが多く記されているが、砂そろばんの痕跡はどの文献にも見当たらない。しかし、50万点を超える厖大な数の粘土板が残されているので、痕跡が全くないとも言えない。物証を見つけ出すのは困難であろうが、可能性がなくはないというのが現状であろう。

②古代ギリシャの線そろばんとローマの溝そろばん
 ギリシャのサラミス島には大理石のアバックスが遺されている。ローマの溝そろばんは小型のブロンズ製で溝に玉が崁め込まれ、上下に動き、しかも四つ玉であった。どの程度普及したか不明。2〜3世紀まで使用された形跡。

③中国そろばんのルーツはいつ頃なのか
 1978年に発見された陶製の玉(周王朝紀元前1066〜256)を珠算専門家が計算具「三才算」のものであると認定した。そろばんのルーツは3千年前ということになる。「輟耕録」等に中国そろばん(五玉2個、一玉5個で桁に串刺し)が掲載されていることから14世紀ころに作られたとされていたが、12世紀という新たな説もある。

④ロシアとイスラム諸国のそろばんはよく似ている
 ロシアでは“ショティ”とか“ショーテイ”などと呼ぶ。イスラム諸国では「モハメッドのそろばん」と呼ばれるロシアそろばんとよく似ているもので、どちらが先に原型ができたのかは不明。アバカスと違ったそろばんを使用していたことは事実。

⑤日本への伝来時期を特定する証拠
○文献「日本風土記」「日欧文化比較」「ラ・ポ・日対訳辞典」
○絵画「職人尽絵」「築城図」からすると室町末期(16世紀末)に伝来していたとされている。しかし足利義満の時代“勘合貿易”で150年間の交易の場で、日本人が見様見真似で習得した室町初期との説があるが、論拠としては苦しい、何らかの実証が出れば可能性はある。


⑥日本で一番古いそろばんについて
 実のところ色々あるが、日本で一番古くて由緒正しきそろばんは、前田利家が1592年に肥前名護屋の陣中で使用したものとされていた。ところが黒田官兵衛の家来、久野四兵衛重勝が豊臣秀吉から授かった“拝領そろばん”の方が一番古いものであると判明した。それを証明する古文書が3点みつかったからだ。
そろばん1
      「紹介された拝領そろばん」


⑦和算家は本当にキリシタンだったのか
 「割算書」の著者、毛利重能はこの本の序文にアダムとイブの伝説を書いている。吉田光由(塵劫記の著者)の墓は表面が無名でキリシタン様式。確たる証拠はないが、推測ではあるが証拠を消そうとした努力が垣間見える。

⑧江戸時代に四つ玉そろばんはなぜ普及しなかったか
 江戸時代、五つ玉がほとんどであったが、歌川豊国の浮世絵「三美人」描かれたもの、東京の法明寺、京都の満願寺の梵鐘に彫られたもの。四つ玉そろばんの効用を説いた「初学算法」という本など、四つ玉そろばんがあった証拠は残されている。いわゆる秤量貨幣(十進法)なので四つ玉が便利だったはず、しかし長年の陋習、五つ玉に慣れ親しんでいたため、四つ玉のほうが便利と分かっていても普及しなかったと推測できる
 昭和13年、文部省が四つ玉そろばんを統一し、現在に至る。


⑨そろばんの競技会は江戸時代からあった
 「初学重宝算法智慧論」(1841年)という本の挿絵には師匠の前で生徒が一対一の技を競う図が載っている。その後新潟県の「セリ算」三重県の「競算」として受け継がれていった。現在のように多くの人数が一斉に行う競技方式は、大正時代に貯金局の大会でその様子が窺える。

⑩西郷隆盛はそろばん上手
 司馬遼太郎の著作「坂の上の雲」のなかで『西郷は若い頃地方事務所(群方)の会計係をつとめていて、武士には珍しくそろばん達者であった・・・西郷はふところに小型そろばんを入れていた』と書かれている。維新の英傑、西郷隆盛とそろばんのつながりがあったということは、大変興味のある歴史のエピソードではないだろうか。

まとめ
 歴史を証明するのは物証、文書、口伝などがある。しかし、明確な証拠は残っていなくとも、その時代における状況証拠や傍証による仮説も十分に検討すべき課題である。これは珠算の歴史も全く同じことがいえる。
 好奇心を常に失わず、冷静に研究を続けていけば、新たな珠算にまつわる資料を発見する可能性はある。もちろん視野も広げなければならないだろう。歴史は常時変化するものだと認識することが大切である。

みちしるべ<そろばんと生涯健康人> 

みちしるべ

 これまで永い間、全珠連のお力を戴いて「珠算の医学的効用」について勉強させて頂き、医療現場でも珠算学習の重要性を痛感して参りました。
 幼少時から珠算学習で指先運動を続けると迅速で正確な計算能力が身に付くだけでなく、脳科学的には前頭前野の働きが高まり、さらに珠算式暗算の学習によって右脳が活性化されて全人格的な発達が加速する効果が生まれます。自己本来の能力を十分に発揮して社会に大きく貢献できる人間形成のためには、日本古来の教育文化である珠算を最大限活用する珠算塾(寺子屋形成の古典的指導法を現代的に再活用して倫理観の回復も期待できる)こそが現代社会を心身ともに健全に生き抜くための個々の自発的な修行の場として今後も重要な役割を果たすことは間違いありません。そのためには、珠算学習を若年期から始め、そろばんを一生離さない生活を続けることが生涯健康人にはもっとも肝要です。  
 一方では、超高齢化社会を迎えようとする我が国では、健康に対する各個人の自覚だけでなく、現代医療においても医療技術・最新医療機器の発展が目覚ましく、高機能化・複雑化が進み、医療安全管理の重要性が高まってきました。さらに、医療従事者には、「ヒトとして基本的資質」が改めて大きく問われ、まさに、患者に対する優しさと思いやりと勤勉努力だけでなく、生きる力の育成、基礎的・基本的な知識・技能の習得、生涯学習意欲、忍耐力、迅速で確実な思考力・判断力・表現力・集中力、問題解決能力、そして正確な暗算力が厳しく要請されるようになりました。これらの要請内容は、基本的資質の育成を目指す珠算学習の基本理念と重なるものではないでしょうか。
 とりわけ、多忙な看護師、臨床工学技士、麻酔技師などの医療従事者の間で、迅速で正確な暗算能力の有用性が注目されてきました。最近、珠算式暗算に勝れた若い看護師が院内で重用されるという情報も多数得られています。将来には、医学・工学に進む若者達には珠算式暗算の習得が必須となるでしょう。
 厳しい現代ストレス社会の中で果敢に生き抜く生涯健康人であるために、全ての若者が珠算を学び最後までそろばんを友として人生を全うできる最善の道を探すことが今こそ強く求められているのです。



YELL ~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~ 

YELL  VOL.5
~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~
from 武藤 洋一(群馬テレビニュースキャスター)

武藤 洋一
※連盟広報誌「全珠連会報」第167号(2015.7)に掲載


アメとムチ
 昭和33年春、東京六大学野球でホームラン8本を打った長島茂雄がプロ入りした。開幕1軍はもちろん、スタメンで3番。4番はあの「打撃の神様」川上哲治である。開幕戦は相手の国鉄(現ヤクルト)先発金田正一が「プロの厳しさを教えたる」とばかりに全力投球。長島は4打席4三振だった。しかし、それからは打ちまくった。シーズンが終わってみれば打率は2位だったが、本塁打王、打点王を獲得。スーパースターの誕生だ。私は小学校4年生。野球ばかりしていた。だれもが長島と同じ3塁を守りたがり、銭湯に行けば長島の背番号「3」の下足札を奪い合った。
 そんなとき、父がこんなことを言った。「定時制高校で勉強している生徒が昼間は会社でアルバイトをしていた。その会社で経理の人たちが数字を読み上げてそろばんで計算していたが、何度やっても合わない。そのときにこの青年がお茶をいれながら、頭の中で計算をしていた。脇から恐る恐る『正しい数字はこれですよ』と言った。そろばんができる。暗算がすごいということで、卒業と同時にその会社に就職できたそうだ」。父の話はこのあと「だからそろばんを習え」と続いたのは言うまでもない。
 プロ野球シーズンが終わったその年の11月、近くの松岡珠算塾へ通い始めた。2年2カ月後…小学校卒業寸前の6年生の1月に1級合格を果たしたが、そのちょうど半分にあたる1年1カ月は2級に挑戦していた。何度も何度も落ちた。先生いわく「野球やってちゃ受からない」。軟式とはいえボールを強く握る行為がそろばんを弾く指にいいはずがない。私にそろばんを勧めた父は「2級が受かったら新しいグローブを買ってやるから、それまで野球はするな」とアメとムチで迫ってきたが、相変わらず続けた。そしてようやく受かって買ってもらった。1,250円。2級合格より、グローブの方がうれしかった。もちろん55年たった今も使える状態だ。

「勘定板」と「壺算」
 高校ではそろばんに触れる機会はなく、大学でも無縁だった。だが、落語が好きで寄席に通った。そこで聞いた話をしよう。一つは「勘定板(かんじょういた)」。尾籠(びろう)な話で申し訳ないが、あらすじはこうだ。海に近いところに住んでいる田舎者が江戸の宿屋に泊まる。その村ではトイレのことを「閑所(かんじょ)」と呼び、用を足すことを「カンジョウをぶつ」と言った。浜辺には紐をつけた「カンジョウ板」があり、用事が済むと紐を引いて海で洗うシステムだ。村人は宿で用を足したくなり、番頭に「カンジョウをぶちてぇ」と頼む。番頭は「どこで?」。村人は考えた。「海は遠いし…この部屋はどうも…そこの廊下でぶつべぇ。カンジョウの板持ってきてくれ」。「カンジョウ板ですか?」。番頭はいろいろ想像してみた。「カンジョウ、カンジョウ…勘定をする板…きっとそろばんだろう」と底に板が張ってある大きなそろばんを持ってくる。村人が用を足そうとそろばんを裏返しにしてまたがると、転がり出した。「こりゃすげぇ江戸のそろばんは車仕掛けだ」。
 もう一つの「壺算」。今はあまり見かけなくなった壺を買う話だ。壺の大きさは「一荷(いっか)」「二荷(にか)」と数える。本当は二荷の壺を買いたいのにまず一荷の壺を3円で買う。一旦店を出てすぐ戻り「本当は二荷の方がほしかった。取り替えてくれ」。ここからこの男と店の親父のやりとりになる。「さっき一荷の壺が3円だったけど、二荷はその倍の6円でいいかい。オレはさっき3円渡したなぁ」「はい。確かにいただきました」「さっき買ったこの一荷の壺は3円だから足して6円だ」「?????」「分からねぇのかい?…そろばん出してみなよ。いいかい。さっき3円渡したろ」「はい。確かに」「それとこの壺が3円だ。合わせりゃ6円じゃねぇか。この二荷の壺をもらってくよ」。
 そろばんを習った人ならだまされないだろう。

消費税導入
 時代が平成になって消費税が導入された。3%とはいえ事実上の値上げだ。こんな不公平な話はない。「すべて一律に3%だから公平だ」という見方もあるが、収入の多い人と少ない人では、消費税分にかかる負担は違う。それはともかく、何を買っても3%を余分に払うことになった。
 どうせ払うなら、何か痛快なことはないか考えた。結論は…。商品の価格に1.03を掛けて合計金額を暗算する。小銭を用意しておいて、レジ係の人が「○○円です」と言うのと同時に、つり銭なしのピッタリのお金を受け皿に出す。目を丸くするレジ係。得意そうにウンとうなずきながらレシートを受け取って引きあげる。
 しかし、そんなシナリオはなかなかうまくいかない。久しく遠ざかっている暗算の腕前は情けないほど錆びていたからだ。合計金額が3桁なら何とかなったが、4桁以上は「はずれ」が多く、返り討ちにあった気がした。
 そして5%。このときは楽だった。3%は1%の3倍だが、5%は10%の半分。計算は楽になり、暗算の腕をあげるには役立たなかった。だが、8%になって再び頭を高速回転させる必要が出てきた。 100円の税込金額は 108円と即答できても、スーパーの価格はほとんどが1円単位。それに1.08を掛けるのは容易でない。しかし、そこが頭を鍛え、そして老化させないことにつながるのだ。
 今度は10%になるという。この暗算は楽だ。昨年春から8%にしたことで日本経済はしばらく滞ってしまったため、さらなるアップに懸念の声もある。計算は楽になっても、生活は楽にならない。

タイムキーパー
 3年前の3月から、群馬テレビのニュースキャスターをしている。月曜から金曜の夜8時~9時のニュース番組。22歳からずっと続けてきた新聞界から、63歳になってテレビ界への転身だ。ニュースを扱うことでは新聞もテレビも同じだが、紙媒体と電波媒体はまったく違う。記者は書き損じても書き直せばいい。適当な言葉が出てこなければ辞書や文献、資料を見直せばいい。記者は紙面に出ることは少なく、ペンだけで社会を斬ることを生業(なりわい)としている。しかし、電波、それもニュースは生放送だ。言い淀むことも許されない。
 もう一つの大きな違いは時間が決められていること。新聞も紙面のスペースは決まっているが、窮屈に詰め込んだり、見出しや写真を小さくすれば入らないとあきらめていた記事が入る。だが、テレビは秒単位。タイムキーパーという仕事があって、1時間の番組の中で「何分」あるいは「何秒」遅れている、もしくは早すぎるという合図をするわけだ。だが、それはキー局でのこと。地方の小さなテレビ局では、サブディレクターが兼ねていることが多い。私が関わっている番組もそうだ。兼務だから、そう細かい指示はできない。
 そこで、キャスター自身が時間をチェックしている。女子アナの読むニュース原稿を隣で聞きながら、何秒早いとか遅いとか。そしてそのあとの原稿が何分何秒の予定だから合わせて何分何秒…次のCMは、このままだと何秒遅れになるから、私のコメントは短めにしよう。これは暗算のなせる技。初めのうちは面食らったが、「石の上にも三年」。楽しく放送させてもらっている。