尼崎市<素盞嗚(すさのお)神社> 本殿・社務所が再建 

素戔嗚神社


尼崎市潮江地区にある素盞嗚(すさのお)神社の本殿や社務所がこのほど69年ぶりに再建されました。
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威風堂々とした佇まいを見せる素戔嗚神社


 拝殿にはNHKの人気アニメ「忍たま乱太郎」で、同地区の名前の付いた“潮江文次郎”が描かれた大型絵馬や、当連盟をはじめとする珠算団体・関係者の浄財による大算盤や賽銭箱が奉納されました。

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 日本中に寒波が押し寄せた12月14日に執り行われた落成式には地元尼崎市長をはじめ「忍たま乱太郎」の作者である尼子騒兵衛氏、各珠算団体の代表者が列席し、地元の方々と新社殿の落成を祝いました。

 

第26回学術顧問会議開催 

第26回学術顧問会議開催
学術顧問


<テーマ>
日本の教育を考える -now and future― 

 第26回学術顧問会議が11月16日(日)に全国珠算教育連盟・東京事務局において開催されました。

 今回のテーマは「日本の教育を考える―now and future―」と題し、
1.現況と今後
2.コンピューター時代のそろばん
という2つの議題について学術顧問から多くの貴重な意見が出され、活発な議論が交わされました。
 
 冒頭、梶川眞秀理事長が、
「実務珠算から教育珠算へ進む中、『教育にそろばんが必要』という視点から、連盟としては新しい事業として、算数チャレンジ検定を実施する。これにより珠算学習者の低学年化に向けてさらに子どもたちへの算数の理解を向上させる手助けとなると確信している」と挨拶を述べました。

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会議では、
◎新学習指導要領について
◎タブレットについての賛否
◎特別支援教育ついて
◎教具・学習具について
◎脳とそろばんについて
◎生きる力、やる気を育てる
など、算数教育、教育全般に関する各方面からの協議がなされました。

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 途中休憩を挟み、小原光治研究員より8月に行われた第96回日数教(鳥取)大会における取り組みと、パソコンを使用した算数科での各学年にわたる「そろばんの活用例」に関する関心度の高さについての報告がありました。

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 会議のまとめとして、学術顧問・河野貴美子氏の
「①コンピューター時代でもそろばんは必要である。②タブレット等の教育機器は、賛否両論あるが、教師の使い方次第で大きく変わる。③計算だけでなく、子どもたちのやる気を育てることが一番大切である。④自発的な学びが重要、その中で、そろばんの持つ役割は大きい。⑤面白い・楽しいという環境をつくる珠算指導者の努力が大切である」という言葉で討議が締めくくられました。

 また、会議に先立ち、昨年完成した「日本そろばん資料館」を谷賢治学芸員の説明で見学しました。
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平成27年新春そろばんCM 

平成27年 新春そろばんCM
CM画像
1月~3月に放送されるテレビ・ラジオCMのご案内です!

<テレビCM>

番組名
TBS系列 『いっぷく』 月曜日~金曜日 8:00~9:55

放送日
【1月】5日・7日・13日・19日・29日
【2月】6日・12日・18日・24日
【3月】2日・10日・18日・26日

放送局
表1
※秋田県・福井県・徳島県は番組がネットされたいないため、秋田放送・福井放送・四国放送で15秒のスポットCMが各30本放送されます。
※放送日は事前の予告なく変更する可能性があります

<ラジオCM>

番組名
TBSラジオ『ネットワーク・トゥディ』 月曜日~金曜日 17:30~17:42

放送局
表2
※毎日放送は17:13~17:25
※番組編成により変更の可能性があります








YELL ~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~ 

YELL  VOL.3
~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~
from 親泊 ひより (東北大学 医学部医学学科)
略歴
※連盟広報紙「全珠連会報」第165号に掲載

 私は現在、東北大学の医学部に通う大学6年生です。今回、数々の素晴らしいOBの方々に混じり、恐れ多いのですがこの「YELL」を書かせて頂くことになりました。そろばんを卒業した今でもこのようにそろばんとの縁は続いており、とても幸せなことだと思っています。
 まずそろばんとのなれそめからお話しようと思います。私のそろばんとの出会いは少し変わっていたかもしれません。私は沖縄県浦添市で生まれ、幼稚園生のときに、そろばん教室に併設されていた体操教室に通うために宮城珠算学校を訪れたことから始まりました。体操教室に申し込む時にそろばん教室にジュニアクラスがあることを知り、なんとなくそろばん教室にも入ることになったと記憶しています。
 私がそろばんを頑張るきっかけになったのは、入塾してしばらくして開催された「ちびっこ大会」でした。これは県内の幼稚園生以下の大会で、参加者全員がメダルやお菓子を貰えるのですが、そのときもらったメダルが子供心にとても大きくキラキラ輝いていて、もっと色々なメダルがほしくなり、そこからそろばんへの意気込みが変わりました。
 家でも数時間練習するようになり、洗濯をしている母の横でかけ算九九を唱えたりしていました。練習すればする程どんどんのめり込み、取り憑かれたように毎日毎日そろばんをしていました。今思い返すと、生まれて初めて頭の中で何かが動いている感覚が新鮮で、もっともっと動かしたい、という衝動に駆られていたのだと思います。
 宮城清次郎先生、宮城忍人先生はじめ、多くのスタッフの方々のご厚意でジュニアクラス以外の教室にも参加させてもらい、私は順調に級を卒業し、段を取得することができました。選手団にも入れてもらうことになりました。当時は私より年上が大多数で、最初は追うものとして練習に励んでいました。私は当時とても負けん気が強く、練習で点数が負けるととても悔しくて、トイレを我慢して練習する程でした。周りに年上が多かったことで、あんな風に速く計算したい、上の人に追いつきたいという気持ちが掻き立てられましたし、明確な目標が目の前にあり、恵まれた環境だったと思います。大会前には 宮城清次郎先生の家で10数人での合宿があり、朝から夜までそろばんをして、みんなでご飯を食べ、就寝前にはトランプをしたりと、とても濃厚で楽しいそろばん生活を送っていました。幼少期に夢中になれるものに出会えたことはとても幸せだったと感じています。
 数多くの大会に出場させてもらいましたが、印象深いのは全日本通信珠算競技大会の4年生以下の部で3年間1位を獲れたことです。練習したのに本番で手が動かなかった大会、大事なところでミスしてしまった大会など上手くいかなかったことは多々ありましたが、3年間この大会での1位を守れたことは、今でも誇りに思っています。特に最後の年は満点で1位をとり、感無量でした。
 練習した分、緊張し手も震えましたが、その緊張に勝って最高の結果を出せた経験は私の現在の精神力の根幹になっています。
 私は中学生で卒業しましたが、5歳からのそろばん生活で得たものは多くあります。まず、宮城清次郎先生が私に教えてくれた「継続は力なり」という言葉です。本当にそのとおりだと思います。毎日練習し、何故今日はうまくいかなかったのか、次はああしてみようと日々考えていけば、どんな困難なことも大抵どうにかなると私は考えられるようになりました。
 また、一度本気でそろばんを突き詰めた経験があるからこそ、勉学やその他の場面でも、今現在私の努力はまだ足りない、もっと行けるはずだと踏ん張りが利くようになっています。ただ正直なところ、もっとそろばんを続けていれば「継続は力なり」の別の意味だったり、違う世界が見えていたのだろうかと後悔することもあります。当時一緒に練習していた仲間が現在も大会に出場し、輝いている姿をみると、10年以上続けるには並大抵の努力では無理でしょうし、今どのような世界を見ているのだろうと羨ましくなることもあります。   
 もしこの文章を読んでいる学習者の方がいれば、もうそろばんはいいかなと思ったときに、もう1回だけ一生懸命そろばんを続けてみてから進路を決めてほしいと勝手ながら思っています。
 そして最後に、高校生、大学生初期の頃は、そろばんを頑張っていたことからのメリットは集中力がついたこと以外は、正直あまり感じていませんでした。しかし、大学5年生から病院実習が始まり多くの先生と会うようになり、尊敬できる先生やバイタリティ溢れる先生は、今まで何かしら頂点を極めたり成し遂げた経験を持ち、自分の中に確固たる自信と精神力を持っている先生が多いことに気づきました。これ以上できないくらい努力し、道を極めた人はかっこいいです。これは病院だけではなく、社会でも同じだろうと思います。「何か本気で頑張ったことある?」と聞かれた時に私は自信を持って「そろばんで1位をとったことがあります」と答えることができ、一目おいてもらえることもあります。今になって、そろばんをやっていて良かったと心底思います。
 やる気が出ないとき、疲れて頑張れなくなったときには、沖縄からここ仙台に持ってきたそろばんケースをひらいて当時を思いだし、自分を鼓舞させています。
 ある先生が言っていました。「自分は頑張っているという人は多いけれど、本当に何かでトップを目指した人にしか一流になるための本当の努力量はわからない。だから、ただの頑張っているという言葉には重みがない」
 その言葉を聞いてから、私はそろばんへの感謝の思いが一層強くなりました。トップを目指すという経験ができたのは自信となり、大きな糧となっています。そろばんを卒業した今でも心に誇れるものを私に与えてくれたそろばん、そして先生方には本当に感謝しています。
 そしてそう思うようになった今、この応援メッセージを書く機会を頂きとても光栄でした。
 そろばんを学習しているみなさん、ぜひ上を目指して頑張ってください。

YELL ~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~ 

YELL  VOL.2
~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~
from 樋口 清司 (JAXA副理事長)
略歴
※連盟広報紙「全珠連会報」第164号に掲載


 私は宇宙開発に興味を持ち、ふとしたことからそれが一生の仕事になった人間です。この人生に、若いころ受けた珠算の修練が大きく影響していることを折に触れ感じています。珠算は私にとって少年期と青年期初期における「修業の場」、「人間形成の場」、「人との出会いや交流の場」でした。小学4年生で始め、中学3年生まで競技会に出ていました。高校生、大学生の時は書生のような形で珠算塾を手伝っておりました。
 お世話になった塾は、三重県四日市市富田一色の旭勢速算学会、先生は長尾計人先生でした。後年、先生は長尾珠算学園を創立され、私もそちらに移りました。日曜日を除く毎日1時間、先生の指示とそろばんの玉をはじく音以外は聞こえてこない厳格な雰囲気での練習でした。習い事というより修練といった言葉のほうがふさわしいものでした。そんな雰囲気の中で、珠を動かすことに集中し一生懸命に練習したというか、練習に集中しなければ先生から厳しい叱声や愛のムチが飛んでくる雰囲気でした。結果として根気と集中力を養う訓練になったように思います。私はどちらかというと飽きっぽい性格ですが、宇宙開発の世界に入ってロケットの性能計算をコンピューターでやるようになり、その膨大なインプットデータを作成する作業やロケット打ち上げ前に試験検査データをひとつひとつ丁寧に確認する作業は、正確さと根気を必要とし、まさに珠算の練習で訓練した資質そのものでした。珠算は数字が一つ違っていても間違いです。宇宙の世界も一つの誤りが大きな失敗につながります。データを丹念に確認していく作業は集中力と根気の勝負です。
 小学6年生になり、一般の生徒から、競技会に参加できる可能性のある選手組に入れていただきました。私の珠算歴は小学4年生からです。正直なところ一流の選手になるには、始めた時期は遅すぎました。いつも補欠組で悔しい思いをしました。小学2、3年生で始めていた同級生や、私より若い選手にどうにも歯が立ちませんでした。中学生になって時々選手として団体戦に出場できるようになりましたが、いつも劣等感を心に抱いて練習していました。口幅ったいことですが、私は学業も運動もあまり劣等感を感じることなく小中学校を過ごしてきました。もし選手組に入り素晴らしい同級生の珠算術を目の当たりにしなければ、劣等感や負けん気を自覚することなく過ごしていたのではないかと思います。また、わがチームには団体や個人種目で日本一になったものが数人いるチームでした。したがって日本一になる術がどんなものか目の当たりにすることもできました。みんな毎日同じ学校で机を並べている友達です。むやみに恐れることもなく、一流のものを見る目や人と接する心の持ち方をこの時自然に習得したのではないかと思います。そして一流になるにはどんな練習をし、どんな気持ちで練習すべきか、特別練習を通じて学んだような気がします。先生の気迫に満ちた指導と、それに真剣勝負で応える友人たちを目の当たりにして、子供心にも精神力の重要さや気合を入れた時の人間としての迫力を肌で感じていました。後の人生観に大きな影響を与えたと思います。
 ひとつだけ忘れられない思い出話を紹介します。ある三重県大会でわがチームは団体で優勝できず2位でした。その反省会で先生は団体2位の表彰状と賞品を皆の前で破りごみ箱に捨てました。2位に甘んじていてはこの先進歩がない。なぜ1位になれなかったか一人一人に猛省を促され、2位でまずまずだったと思っている生徒の甘さを痛烈に批判されました。今だから思うのですが、先生自身も自分の甘さを乗り越えようとされていたのではないかと思うところがあります。
 そんな先生も我々が中学生になった時から完全に指導方法を変えられました。練習時間の指定もなく、自由練習と称していつでも好きな時に塾に行き、好きなだけ練習することを勧めました。競技会の1週間前から合同練習を行いましたが、基本的には生徒の自主的な行動を推奨されました。中学生になって部活があり小学生の時のように同じ時間に集まれない事情もありましたが、中学生としての自覚を促し、自己管理を前提に自立した人間になることを期待しての扱いだったと思います。小学生時代の徹底した指導から一転、生徒を信用し自立することを望んだ放任主義の指導法は、今思い返しても見事なものでした。必然的に友達同士で練習方法や練習計画を相談し協力するようになりました。練習だけでなく、遊びも一緒で、どんどん友達として親しくなっていきました。この時の仲間はその後半世紀を超えて友人として、人生折に触れいろいろな形で付き合いを続けています。これは私にとって大変な財産です。数年前には彼らが中心になって小学校の同窓会をつくばで開催してくれました。私が宇宙航空研究開発機構(JAXA)に勤めている間に、皆で筑波宇宙センターを見学しようと企画してくれました。三重県四日市市から大型バスを貸し切って、8時間かけて50人近くが来てくれました。前の晩に筑波山神前の旅館で一夜を共にし、翌日筑波宇宙センターを見学し、その後立食パーティーで旧交を温めました。皆にとって忘れられない時間となりました。
 宇宙の世界に入って、珠算は思わぬ形で私の人生を助けてくれました。大学を出たばかりで何もできない新人の私を、そろばんができると知った上司は結構重宝してくれました。エクセルのない時代、開法もできるそろばんの能力はかなり役立ちました。ロケットや衛星の重量は、設計上非常に重要な数値で、その管理と分析検討は設計の中核をなす仕事でした。
 30歳代の後半、1980年代に入ると国際宇宙ステーション計画に関わることとなり、欧米人と付き合うようになりました。暗算は外国人にとっては一種のマジックであると思っているようでした。会議後のディナーの席で、会議中に暗算をやりつつ数字を挙げて発言する私の言動を見ていた同僚は、数字(概算結果)がスラスラ出てきたのが不思議でならなかったようです。余興代わりに2桁かける2桁の掛け算や3桁くらいの足し算を、暗算で目の前でやってみせると、どんなアルゴリズムでどんな操作を頭の中でやっているのか結構しつこく質問されたりしました。おかげでずいぶん一目置かれるようにもなりました。IQが素晴らしく高い人間と誤解されることもありました。英語が苦手だった私は、そんな形で国際宇宙ステーションの仲間たちの中に入っていきました。その時の仲間たちが、今、私の国際的な活動を助けてくれています。
 正直なところ私のそろばん術は二流でした。ただ一流の選手と一緒に練習をしたり生活したりする場にいることができました。そして素晴らしい先生と友人に恵まれていました。人生不思議なものです。小学4年生からせいぜい4、5年間必死に練習したあの時間が、こんなに私の人生に影響を与えるとは、おそらく先生も友達も想像できなかったでしょう。
そろばん万歳!

YELL ~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~ 

YELL  VOL.1
~社会の第一線で活躍するそろばんOBからの応援メッセージ~
from 伊藤 昌也
略歴
※連盟広報紙「全珠連会報」第163号に掲載


 今回この原稿を書き始めるに当たって、平成25年度の全日本珠算選手権を記録したDVDをお送りいただいて拝見いたしました。私が出場していた頃と比べて、トップ選手の進化が格段に進んでいることは当然としても、私がかつて得意だった読上算は速過ぎて聞き取ることもできず、また読上暗算も16桁まで読まれていることなどに、ここまで来ているのかとあらためて感銘を受けた次第です。一方で、大会の運営や雰囲気自体には根本的な変化はなく、大会関係者の長年のご尽力に思いを馳せると共に、特にステージ上での同点決勝のシーンには、自らの選手当時の緊張感が甦るような既視感を覚えました。
 
 この大会に出場している選手たちは、世界的な標準から言えば間違いなく天才と言っても過言ではない計算能力を持った人たちばかりですが、DVDを観ながら、この天才たちはこれからどのような人生のコースを歩んでいくのだろうか、私が選手だった時に同じ会場で競い合っていた人たちはその後どうしただろうか、という思いが湧いてきました。この会報の読者には、かっての選手で現在は指導者・教育者の立場になっている方々も多いのではないかと思いますが、十代の頃に同じ目標を持っていた一人として、そろばんから始まった自らの人生経験を一度振り返ってみようと思います。

 私は昭和33年に三重県四日市市に生まれ、小学1年生から地元の富田珠算学園で故黒田隆次先生のご指導を受けました。その後競技会に出られるようになってからは毎日のように教室に通い、中学3年生の夏に札幌での選手権に出場のため初めて航空機に乗った記憶がありますから、高校入試の直前まで教室での練習が日々の生活基盤になっていたと思います。小学6年生の時、国民珠算競技大会で表彰してもらうために初めて新幹線に乗って東京に行けたことが本当に嬉しく、この時の事が将来は東京に出て活躍したいという気持ちの原動力になりました。その後は選手権と国民の全国大会に加え、三重県内や平塚・岐阜・高岡など各地での競技会に出場したり、京都の明徳商業高校(現・京都明徳高校)に練習に行ったりと、練習と競技会とに明け暮れましたが、成績が悪くて競技会で決勝に進めなかったときや、団体戦の選手に選ばれなかった時などは、会場の隅でひとり落ち込むような辛いことも多かったような気がします。高校に入って富田珠算はいわば卒業の形となったことで徐々に練習する場もなくなり、高校2年生の春の国民が最後の競技会出場となりました。
 富田珠算では黒田先生のユニークなアイデアがいっぱい詰まった練習があって、「源平」あるいは「紅白」という名称で、生徒が二つのチームに分かれ、全員の前で1対1の勝負をする機会がありました。私はこの練習(勝負)が大好きで、自分が問題を選ぶ順番の時は、普通の問題では勝てない相手なら、開平・開立暗算やポンドの諸等数計算などの変化球をぶっけるなどして挑戦した覚えがあります。当時は1ポンド=20シリング、1シリング=12ペンスでしたから、この諸等数の乗除算を選べば相手に一瞬の躊躇があるので必勝でした。その後ほどなく英国の通貨も十進法になり、1ポンド=100ペンスとなりましたが、将来10年以上に渡って英国に居住することになるとは当時は知るはずもありませんでした。
 高校を卒業してからは、1年間の予備校通いの後、東京大学経済学部に進学しました。体育会庭球部中心の大学生生活ではありましたが、ゼミでは国際金融を専攻し、卒業とともに外国為替専門銀行の東京銀行に入行しました。金融機関では次々に多くの種類の業務を担当するのですが、もともと希望していた為替トレーダーとしてロンドン支店へ派遣されたのが海外勤務の始まりで、結局ロンドンに三度、香港に二度、通算で16年間の海外勤務をすることとなりました。その間、金融機関はどこも合併の繰り返しの歴史となり、現在は三菱UFJフィナンシャルグループの証券持株会社に勤務しています。
 さて、学校や社会でそろばんがどのように役に立つのかという観点から私なりの考えを述べてみます。
 第一に、そろばんは自らの能力を総合的に高めるためには最も優れた手段であると言う事ができますが、同時に逆説的な意味で、トップ選手になっても将来をそろばんに縛られないため安心して練習にのめり込んで行けるということも言えると思います。この選手権大会に出場してくるような選手たちは、小さい頃から高度で集中力の高い練習を長期間継続してきた人たちばかりで、その意味で囲碁・将棋やピアノ・バイオリンなどの天才児たちと同様とも言えますが、そろばんにはこれより上位のステージがなく、プロ業界というものが存在しないため、将来の進路はそろばん競技を離れて自由に選択することができるという事が言えると思います。選手たち自身は、計算スピードが速くなる、暗算で浮かぶ桁数が増えていく、競技会で上位に入賞することなどに価値を見出しながらそろばん自体を好きになっていきますが、受験に直接つながらないそろばん教育に月謝を払う保護者の方たちは、そろばんが極めて有効な教育ツールであることを無意識に理解して承認を与えているのだと思います。そろばん教育がこのような高い水準にまで発展し、教育界で十分に認識されているのも、全国各地の指導者の方々の日々の活動の賜物以外何物でもないものと思います。
 第二に、そろばんができる能力は理数系分野において大きな成功の可能性に繋がっている事です。数学や物理学などの自然科学は世の中の事象から導かれるの法則を論理的にじっくり突き詰めていく学問ですが、一方でそろばんの問題は整数・小数の四則演算の内側の世界に過ぎず、数学的な奥行はほとんどないのも事実です。大学の数学科の教授にも簡単な計算も苦手なことをことさらに強調するような人もいます。19世紀のドイツの偉大な数学者ガウスが、小学生の頃に1から100まで足し算をする問題で、あっという間に答えを出したガウスに対して、どうやったのかと先生が尋ねころ、1十100=101、2十99=101、……、50+51=101と101が50組できるから合計は5、050という答えを出しましたというエピソードは有名ですが、はたしてガウスがフラッシュ暗算で1から100まですぐ計算ができていたらもっと高い水準にまで数学が発展していたかもしれません。個人的には、数学の勉強において最も役に立ったのは開平が暗算でできたことで、ルートの中がどのくらいの数かがすぐに計算できたことはとても便利でした。逆に169が13の2乗になっていることを気付かないといけないような設問では、他の人たちはいったいどうやるのだろうと不思議に思っていました。私は文科系学部に進学しましたが、多くの数字を瞬間的に記憶に残し演算を行うことができるそろばん選手が理数系分野に適合性がないはずがなく、将来自然科学の分野に進む人が増えて、科学技術の先端に立ち、ノーベル賞や数学のフィールズ賞を狙うようなことが起こると良いと思います。
 第三に、実際のビジネスにおいては、金融機関にしても事業会社にしても、そろばんができても社員個人の業績に直接つながることはあまりないように思えますが、実は自らは気づかないところで相当ポイントを稼いでいるのです。30年を超える金融機関勤務期間のうち、大部分を為替資金市場や資本市場などの価格が頻繁に変化する商品を扱う部門で過ごしてきましたが、市場の参加者たちは意外に計算能力を持ち合わせていないものです。たとえば為替相場が大きく動いたときなど、ニューヨークの銀行のディーリングルームなどから中継されるニュースをご覧になることがあると思いますが、トレーダーたちは机の前に幾つものモニター画面を置いて明滅する数字やグラフを見ながら大きな資金を動かしている割には、せいぜい簡単な加減乗除の計算しかしていないものです。私が為替トレーディングを担当していたころは、日本円対米ドルのレートをドイッマルク対米ドルのレートを割って円対マルクのレートをすぐに計算しないといけないような局面も多かったのですが、235.75÷2.9565の最初の4桁を出すようなことも電卓のないところで出来たので、自分で秘かに得意がっていたようなこともありました。これほどではなくても、社内会議や顧客へのプレゼンテーションの際に、数字を足したり割ったりして答えを出しながら議論を進めていくことは当たり前のように起こるので、そろばん・暗算の能力の有効性は何ら減少することはないのです。

 また、いわゆるリーマン・ショックの引き金になり世界の金融機関の屋台骨を揺るがせたサブ・プライム・ローンを束ねた複雑な証券化商品は、格付け要因や支払い不能となる確率密度関数を何重にも積み重ねて作られた数学的に極めて難解な商品なのですが、少し間違うと級数的に数字が大きくなるレバレッジの高い(「挺子で何倍にも持ち上げる」という意味です)構造を持っているので、数字のセンスがない割には強欲だけが取り柄のウォール・ストリートの人闇が取り扱うとあっという間に企業の破綻につながる所まで行ってしまうのです。財務省や日銀で財政・金利政策を扱っている担当者でも同じことで、法制面の制約や政府の政策を横目で見ながら数字をこね回す作業に膨大な時間を掛けていますが、彼らがそろばんで鍛えた数字のセンスを持ち合わせていたらどれだけ納税者のコストを減らせることでしょう。
 最後になりますが、そろばんの能力と同時に、現代の社会人として大切なものは、英語を読み・書き・話す能力や習慣だと思います。16年間も海外生活することが事前にわかっていたらもっと英語を勉強しておいたのにと思うことは何度もありましたし、英語で思った事が言えればもっと業績が上がるはずとどれだけ思ったかしれません。国を挙げて理数系の人材を育成しているインドでは、ヒンディー語をはじめとする多数のローカル言語とは別に、教育だけでなく政治・行政・ビジネスにおいて英語使用を徹底することで世界中に人材を送り込むことに成功しています。インド人がシリコンバレーで起業したり、欧米のグローバル企業のトップに就任することは何ら珍しい事ではありませんが、彼らの多くは英語と理数系科目の徹底的な勉強によって成功したと証言しています。インドに限らずどこの国でもエリート育成には似たようなシステムを用いています。
 一方で最近の日本から英米の大学・大学院への留学は必ずしもポピュラーではなく、これはひとつには派遣元の企業が業績不振で留学生を減らしてきたことも原因の一つではあるのですが、そもそも留学すること自体がキャリア上有利に働かず、また大学教育や仕事の上でも英語は使えないと逃げ回ることが可能で、一部の人だけができればなんとかなるという意識がまだ残っているものと思います。先進国でかっ大企業・中小企業を問わずこれだけグローバル経営を志向しているにもかかわらず、この状況は相当珍しいとも言えますが、優秀な日本人という思い込みだけでは最早やっていけないのは明らかで、事実、海外で企業を買収したり海外子会社を管理することになると、今ではあたりまえになったビデオ会議において英語で発言できない人は、いくら仕事ができても担当から外さざるを得ないと言う事になっています。また、海外のwebサイトに直接アクセスできる時代になったことで、海外に行く行かないは関係なく、英語を用いた地球的規模のコミュニケーションに参加できる権利を手に入れるためのパスポートとして、あるいは日常生活の楽しみを増やす手段としての英語に接する機会を増やすべきと思います。そろばんも英語もその意味で目的ではなく手段ですが、計算能力を身につけ、英語に自信がつけば、世界中どこへ飛び出しても恐れることはなく、どんな仕事についても成功間違いなしです。全国のそろばん選手、指導者の方々の今後のご発展と成功をお祈りしております。